シンガポール転職を調べると「日本人の年収は300〜500万円」という記述と「月給中央値S$5,750」という記述が同時に出てきます。この矛盾には理由があります。就労ビザ(EP)の最低給与要件が事実上の年収の下限を決めているためです。本記事では制度から逆算して、実際に取りうる年収レンジと必要な条件を整理します。

まず制度を押さえる:EPの最低月給が「年収の床」になる

シンガポールで専門職・管理職として働くには、原則としてEP(Employment Pass)が必要です。EPには最低月給の要件があり、この金額を下回る条件では、そもそもビザが発給されません。つまり求人票の年収がいくらであっても、EP前提のポジションなら最低ラインは制度で決まっています。

区分 2026年時点の最低月給 2027年1月1日から
一般業種 S$5,600 S$6,000
金融サービス業 S$6,200 S$6,600
年齢による加算 年齢が上がるほど要求水準が上昇し、45歳前後ではS$10,700程度が目安とされます

重要:EPの給与要件は頻繁に改定されます。上記は2026年7月時点で報じられている水準です。実際の申請にあたっては、必ずシンガポール人材省(MOM)の公式サイトで最新の要件をご確認ください。本記事の数値は目安であり、申請可否を保証するものではありません。

S$5,600を月給とすると、年収は賞与を除いてもS$67,200です。「日本人現地採用は月25万円程度」といった記述は、EPが必要な職種には当てはまりません。そうした水準の求人は、EP以外の在留資格が想定されているか、情報が古い可能性があります。

COMPASS:給与だけでは通らない加点方式

2023年以降、EPの審査にはCOMPASS(Complementarity Assessment Framework)というポイント制が導入されています。最低給与を満たしていても、COMPASSで合計40点に届かなければ却下されます。

  • 給与:同業種・同年齢層のローカル人材と比較した水準
  • 学歴・資格:認定機関の学位など
  • 企業側の人材多様性:応募先企業の国籍構成
  • 企業側の地元雇用支援:応募先企業のシンガポール人雇用比率

注目すべきは、後半2項目が「応募者ではなく企業側の属性」で決まる点です。同じ経歴でも、応募先企業の人員構成によって通りやすさが変わります。エージェント面談では「その企業でEPの発給実績があるか」を必ず確認してください。これは求人票からは読み取れない、エージェント経由でしか得られない情報です。

職種別の給与水準の傾向

公開されている求人データからは、以下のような分布が見て取れます。EPの最低ラインを踏まえると、実務上の目安は次のとおりです。

職種帯 月給の傾向 特徴
IT・金融・法務・コンサル等の専門職 高位 専門性が明確で、ローカル人材との差別化がしやすい。COMPASSの給与項目でも有利
マネジメント層 高位 年齢加算をクリアしやすい。日系企業の現地法人責任者など
営業・事業開発 中位 案件により幅が大きい。日本市場担当かAPAC担当かで水準が変わる
バックオフィス・アドミン・営業事務 中位〜下位 EPの最低ラインに近く、要件引き上げの影響を受けやすい

※求人サイトの集計や人材会社の公表資料には、集計対象や時期によって差があります。上記は傾向であり、個別の求人条件は必ず直接ご確認ください。

2027年の要件引き上げが意味すること:一般業種でS$5,600→S$6,000への引き上げは、バックオフィス系・アドミン系のポジションが最も影響を受けます。現在ぎりぎりでEPが通っている水準の求人は、2027年以降は成立しなくなる可能性があります。これらの職種で転職を検討している場合、時期は早いほうが有利です。

年収を「手取りベース」で比較する

シンガポールは所得税率が日本より低い一方、住居費が非常に高いという特徴があります。額面年収だけを日本と比較すると判断を誤ります。

項目 シンガポール 日本(参考)
所得税 累進だが最高税率は日本より低い。外国人居住者にも居住者税率が適用される条件がある 所得税+住民税
社会保険(CPF) 外国人(EP保持者)はCPFの対象外 厚生年金・健康保険の労使折半
住居費 非常に高い。単身向けコンドミニアムでも月20〜35万円規模 東京都心1LDKで月12〜18万円
医療費 公的保険が使えないため民間保険が必須 公的医療保険

実務的な計算手順は次のとおりです。①提示月給×12+賞与で年間額面を出す ②現地の所得税を差し引く ③年間の住居費を差し引く ④民間医療保険料を差し引く ⑤日本への一時帰国費用(年1〜2回)を差し引く。ここまでやって初めて、日本での勤務と比較できる数字になります。生活費の全体像はアジア主要都市生活費比較2026年版で東京と並べて比較しています。

求人の探し方と進め方

  1. エージェントに登録する(2〜3社)。シンガポール求人は非公開のものが多く、直接応募だけでは母数が確保できません。タイプ別の選び方は海外転職エージェントおすすめ比較2026を参照してください。
  2. 英文レジュメを先に完成させる。登録後すぐに紹介が始まるため、書類が未完成だと機会を逃します。作り方は英文レジュメ・職務経歴書の書き方2026で解説しています。
  3. EP要件を自分で計算しておく。希望年収がEPの最低ラインを下回っていないか、年齢加算を踏まえて確認します。ここが合っていないと、内定が出てもビザで止まります。
  4. 企業側のEP発給実績を確認する。COMPASSは企業属性に依存するため、外国人採用の実績がある企業のほうが通りやすくなります。
  5. オファー後、住居を先に調べる。年収が上がっても住居費で相殺されるケースが多いため、契約前に実際の物件相場を確認してください。

よくある質問(FAQ)

Q. 英語力はどの程度必要ですか?
A. 職種によります。日系企業で日本市場を担当するポジションなら業務の大半が日本語というケースもありますが、シンガポールの職場は多国籍であるため、社内コミュニケーションで英語が必要になる場面は避けられません。会議で発言でき、メールを独力で書けるレベルが実務上の目安です。

Q. 家族を帯同できますか?
A. EP保持者は、一定の給与水準を満たすと配偶者・子を対象としたDP(Dependant’s Pass)を申請できます。この要件もEP本体とは別に定められており、改定されることがあります。帯同を前提とする場合は、MOMの最新要件を必ず確認してください。インターナショナルスクールの学費は年間で数百万円規模になるため、教育費を含めた総コストで検討が必要です。

Q. 未経験の職種に転職できますか?
A. 難しいと考えてください。COMPASSは学歴・専門性を評価する仕組みであり、シンガポールの外国人材政策は「ローカル人材で代替できない人材」を前提としています。職種転換をしたい場合は、日本国内で経験を積んでから移るほうが現実的です。

Q. 現地採用と駐在、どちらが有利ですか?
A. 可処分所得だけを見れば、住居費を会社が負担する駐在員のほうが有利です。一方、現地採用はポジションと居住地を自分で選べ、帰任命令に左右されません。何を優先するかで答えが変わります。両者の待遇構造の違いはエージェント比較記事の表にまとめています。

まとめ

シンガポール転職は「年収がいくらか」より先に、EPの最低給与要件とCOMPASSを満たせるかから逆算するのが正しい順序です。2026年時点の一般業種の下限はS$5,600、2027年からはS$6,000へ引き上げられる見通しで、特にバックオフィス系のポジションは影響を受けます。年収の比較は、住居費と医療保険を差し引いた手取りベースで行ってください。制度要件は改定が頻繁なため、最終的な判断の前にMOMの公式情報を必ずご確認ください。

本記事は2026年7月時点の公開情報に基づく一般的な情報提供です。当サイトは行政書士・弁護士等の資格に基づく業務を行っておらず、ビザ申請に関する個別の助言は行っていません。実際の申請にあたっては、シンガポール人材省(MOM)の公式情報および専門家にご相談ください。

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By 森田久助

貿易会社に勤務し、中国駐在歴10年。現地での実務経験をもとに、アジア各国のビジネス・経済動向を発信しています。※森田久助は筆名です。